■二十歳の集い
◆磐田市と共に育った20年
磐田市市制施行と同じ年に生まれた子どもたちが、今年20歳という人生の節目を迎えました。1月11日、市民文化会館「かたりあ」で「二十歳の集い」が開催され、晴れ着に身を包んだ若者たちが、久しぶりの再会を喜び合いながら、新たな一歩を踏み出しました。
この世代は、磐田市と共に成長してきました。学校生活や地域行事を経験する中で、新型コロナウイルス感染症の影響により、思い描いていた日常が大きく変わる時期もありました。制限のある中で工夫し、支え合いながら過ごした日々は、それぞれの心に深く刻まれています。
二十歳の集いは、そうした歩みを経た今を、市全体で祝う大切な機会となりました。
■20年前の私から今、そして未来へ
◆人を支えられる人に
出口陽彩(でぐちひいろ)さん
二十歳の集いで「決意の辞」を述べた出口さんにお話を伺いました。
◇子どもの頃を振り返って
母には、小さい頃から器用だったと言われます。小学生のときには、2歳年上の兄に負けたくないと、兄がやっている勉強を一緒にやったり、兄の影響でバスケを始め、一緒に練習したりしていました。中学生の頃には、友達からの推薦で生徒会副会長を務めました。人に頼られるとうれしくて、頼まれたことを引き受ける形で、良い役をたくさん任せてもらえた経験が今につながっていると思います。高校では、勉強で挫折を味わいました。それでも朝早く学校に行って勉強する習慣をつけることや進路などを、先生が提案してくださり、導いてくださいました。
現在は県外の大学に通っています。磐田に帰ってくると、空が広いと感じます。地元の方が話しかけてくれて、温かく懐かしい気持ちになります。
◇将来の夢
大学では、生命工学を学んでいます。生物が持つ多様な機能を解明し、応用を目指す学問分野です。まだまだ分かっていないことばかりの分野で、初めて知ることや最先端の研究に日々わくわくしています。そうした中で、研究成果が身近な製品として形になり、生活の中で人の役に立っていることを実感できる、そんなものづくりに関わりたいと考えるようになりました。将来は微生物を用いた発酵食品や環境に優しい製品の開発に携わり、生活や健康の観点から人々を支えたいと考えています。
◇父への憧れ
ものづくりに興味を持つようになったのは、父の影響です。エンジニアである父の職場を見学したり、バイクや車の整備をする姿を見たりした際に、楽しそうにしている姿を見て憧れを持ちました。父が、「自分が作ったバイクが走っているのを初めて見た時、とても感動した」と言ったことがとても記憶に残っています。いつか私が作る製品が身近にあって、いろいろな人が手に取っているのを見る日がくるといいなと思います。
◇20歳の誓い
私は磐田で育ち、20歳を迎えるまで、本当にたくさんの人に支えられてきました。いつも私の意見を尊重し、支え続けてくれた両親。長所を伸ばし、間違いを正してくれた先生方。楽しいときも苦しいときも共にいてくれた友人。温かく見守ってくださった地域の方。こうした支えがあってこそ、私は今ここに立つことができています。関わってくれた全ての人に感謝しています。まだまだ支えられることばかりですが、成長して、今度は私が人を支えられる人になりたいです。
《20年間、近くで見守ってこられたお母さんにもお話を伺いました。》
◇何色にでも輝ける
20年間、このまちの人や自然に見守られ、健康にここまで育ってくれて、ありがたいと思います。素直で明るい友達や導いてくださった先生など、本当に周りの人に恵まれました。
「陽彩」という名前は、太陽の光が反射して虹になるように、何色にでも輝けるという思いを込めて付けました。自分で決めた道、悔いのないように人生を歩んでくれたらと思います。
◇思いと共に描く未来
夢を叶え、さらなる挑戦を続ける方。何年経っても変わらない絆を育んできた家族。そして、市と共に20年を歩んできた方。それぞれが歩んできた道は違っていても、それぞれに「このまちで紡(つむ)がれてきた人と人のつながり」や「このまちを大切に思う気持ち」がありました。
小さな頃から見てきた日常の風景。変わらずそこにある安心できる居場所。挑戦を支える人の温かさ。そうした積み重ねによって、磐田市は20年の歴史を刻んできました。
これからの未来は、どんなものになるでしょうか。未来をつくっていくのは、特別な誰かではなく、今を生きる私たち一人一人です。20周年の歩みを胸に、磐田市のこれからを、共に歩んでいきましょう。
◎「これからも」続く歩みを 「もっと」広がる可能性を 「ずっと」変わらない思いを

